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考え続けていること。

美について

美しさは、内なる問いが静かにほどける瞬間に近い。

Draft

美しさは、対象そのものだけに宿るものでも、鑑賞者の主観だけで決まるものでもないように思う。

何かを美しいと感じるとき、そこには対象とこちらの内面が作用し合う、静かな働きがある。ばらばらに見えていたものが、ひとつの関係として見えはじめること。あるいは、関係を探す前に、ただ対象に引き込まれていること。

私にとって「無関心」とは、冷淡さや無感動ではない。利害や効用から離れ、さらに「なぜ?」という知的な問いからも一時的に自由になっている状態のことだ。

その状態には、少なくとも二つの入口があるように思う。

ひとつは、深く理解した結果として問いが満たされること。数式や構造が腑に落ちるとき、見えていなかった関係がひとつにつながる。理解によって、問いは消えるのではなく、静かにほどける。

もうひとつは、問いが生じる前に没入してしまうこと。夕焼けや抽象絵画のように、分析より先に感覚が対象と結びつく。そこでは、意味を探すより前に、ただ見ていること自体が満たされている。

カントの言う美の「無関心性」は、利害や効用から離れた鑑賞のあり方だった。自分はそれを、知的好奇心からの一時的な解放にまで広げて考えている。

美とは、内なる問いが止み、世界と静かに向き合う瞬間にあるのかもしれない。

まだ、考え続けている。